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サッカーの起源はイギリス? 有力な2つの説をご紹介!!

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こんにちは!サッカー大好き営業マンのカークです。

 

前回は、中国・イタリアのサッカー起源説をご紹介しました。

 

今回は最も有名な「サッカーの母国 イギリス」のサッカー起源説をご紹介していきますねー!

 

イギリスは世界中からサッカーの母国と認知されており、世界最高峰のプレミアリーグ(イングランド)を有するサッカー大国です。

マンチェスターユナイテッド、チェルシー、アーセナル等のチーム名を誰しも1度は耳にしたことがあるのではないでしょうか??

意外な事に、ワールドカップ優勝は1回のみですが(笑)

 

イギリスはイングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの4国の連合王国で成り立っており、それぞれの国でリーグ戦、代表チームを有しています。

一つの国で4つの代表チームが存在する特殊な地域です。

※理由はFIFA(国際サッカー連盟)加入時に、それぞれ独立国として申請し、認められたためです!!

 

イギリスが世界的にサッカーの起源説を認められているからこその措置かもしれませんねー

 

 

前置きが長くなりましたが、イギリスのサッカー起源説をご紹介していきます!!

私が知る2つの有力な説をお伝えします!

 

①イギリスで行われていた祭りがサッカーになった説

中世からイギリスでは「フットボール祭」が行われていました。

 

ゴールの位置だけ決め、人数・時間の制限が一切なかったサッカーが行われていました。

 

場所も現代の競技場などではなく、市街地の大通りなどで行われていました。

最早町を挙げてのストリートサッカーですよね!笑

 

ちなみに、相手の命を奪うこと以外、細かいルールがなかったため、ほぼ何でもありのサッカーが行われていました。ボールそっちのけで大乱闘になることも珍しくなかったとか・・・

イタリアのカルチョ以上のカオスなスポーツ?が行われていました。

 

人数無制限で何でもありの光景は考えただけでもゾッとしますよねー(^_^;)

 

祭りの後は破壊された家屋や怪我人が続出していたみたいです!

何とも恐ろしい祭りがイギリスでは行われていたんですね~

 

祭りで行われていたサッカーがルール化され、現代サッカーになったと言われています。

 

また、城から投げられたボールを民衆が所定の位置まで蹴って運ぶ祭りもあったみたいです。こちらはまだ穏やかですよねー(笑)

 

②人の頭をボール代わりにしていた説

なかなか過激なタイトルになってしまいましたが・・・恐らく皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?

 

一説によるとあながち間違ってはいないそうです。

 

険や弓矢で戦争をしていた当時のイギリスでは、持ち帰った敵将の頭を民衆の前で空中へパントキック(ゴールキーパーがボールを持った状態から蹴ること)が祝勝の合図だったみたいです。

 

そして民衆は憎き敵将を蹴って勝利を祝ったと言われています。

 

※あくまで一説です。気分を悪くされた方、大変申し訳ございませんm(_ _)m

 

要するに蹴る行為がサッカーの起源になったということです。

まとめ

今回は様々な起源説をご紹介しました。

 

中国・イタリア・イギリス以外にも、実は様々な所でサッカーが行われていたようです。

 

例えば、サッカーが強い南米でも大昔からゴムボールを蹴っていたと言われています。

 

日本でも蹴鞠が行われていたように、蹴って遊ぶことは世界中で行われてきました

 

特定の起源説を見つけるのは難しいことですが、昔から何かしらの形でサッカーが行われてきたことは間違いないですね!!

 

もし皆さんが知っている起源説があったら、是非教えて頂きたいです(^_^)

 

お付き合い頂き、誠にありがとうございました。

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